日常

老老介護の現実と対策:あなたの家族は大丈夫ですか?

2024-01-15

老老介護の現実と対策:あなたの家族は大丈夫ですか?

2025年には全ての「団塊の世代」が後期高齢者(75歳)になり、高齢者同士の在宅介護、いわゆる老老介護が様々な家庭で行われることになります。前回のブログでは「親の相続問題の“肝”とは?」を取り上げましたが、今回は私が経験した「老老介護から老人ホームへ」という、一つの解決策について書き留めることにしました。

老老介護になる背景とは

まずは下記、厚生労働省の老老介護のデータをご参照ください。

参照:厚生労働省 国民生活基礎調査 – 介護の状況:05.pdf (mhlw.go.jp)

2000年代に入り、要介護者と介護者がそれぞれ60歳以上同士である割合は年々右肩上がりに増えていますが、この傾向はしばらく続くと思われます。そして、老老介護が急速に進んで来た要因はいくつかあります。

①核家族化

②少子高齢化社会

③平均寿命と健康寿命の乖離

このあたりが主な社会的要因で、他に個人的かつ感情的な要因として「他人の世話にはなりたくない。この家で最期を迎えたい」という気持ちを持つ人が少なくないことも挙げられると思います。

両親の老老介護の歴史

私の実家では父が86歳の時、80歳の母が認知症を発症したころから老老介護が始まりました。私にとっての両親の老々介護の始まりはとても穏やかなものでした。週末にバイクで両親の様子を見に行きお昼を一緒に食べ、お花の先生をしていた母にお花をいけてもらったり、父の銀行口座の入出金をしに行ったり。冷凍食品のお弁当を2週間毎に手配し、デイケアサービスを併用しながらの毎日でした。

そんな日々が私にとってストレスにならなかった要因としては、まずは「親に出来るだけやってやれよ」と主人が理解してくれていたことと、実家までの長距離移動の際にバイクに乗れたことが大きかったように思います。バイクに乗れることは日々の仕事の疲れを癒やすことにもなっていたので、実家通い=ストレス解消になっていたといっても過言ではありません。

そして両親のケアがストレスではなかった一番大きな要因は、両親共に、特に母が「子供の面倒にはなりたくない。子供と同居などせずに最後まで実家にいる」という信念を持っていたことだと思います。そのおかげで、私と妹は「どちらが同居して両親の面倒をみるか?」といったような問題に頭を悩ませる必要がありませんでした。もし通いのケアではなく、同居して24時間介護に費やす必要があったならば私は仕事を辞めなくてはなりませんでしたし、妹にも相当なストレスがかかっていたと思います。

そう思うと90歳になろうとしていた父が、なんとか認知症の母を見続けてくれたことには頭が下がります。そうでなければ、私たち姉妹は肉体的・精神的な苦痛を強いられることになったに違いありません。それは両親も願っていなかったと思います。

老老介護から老人ホームへ

状況が変わったのは父が病気で入院するようになってからです。父は、治療が済んだことを理由に退院を促される「3ヶ月ルール」のせいで病院を転々としなければならず、さすがにその状況で実家での老々介護は続けられないと判断し、両親ともに老人ホームへ移ってもらうことにしました。

老人ホームへの入居は、私自身も入居金の一部を出したため経済的な負担にはなりましたが、家族みんなが幸せに暮らせる唯一の方法は「両親が老人ホームに入ってもらうこと」だと思ったので、そうしました。今でもその判断は間違っていなかったと思います。

まとめ

老老介護は今後ますます増えて行くと思われます。介護者が元気なうちはそのままで良いと思いますが、介護者も体調を崩すなどしてバランスが崩れてしまった時には、やはり家族の負担にならないよう老人ホームに入居することを考えた方が良いと思います。経済的な負担に関しては土地や家を担保にして融資をしてもらうリバースモーゲージなどを活用して、介護で家族が共倒れにならないようにする方が良いと思います。そのためには相続と同じように、早めに両親の意向を酌んで家族が方向性を共有することから始めることをお勧めします。家族みんなが幸せになることが一番ですから。